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広島カープ

今年の日本シリーズは、久しぶりにちゃんと見たプロ野球だった。プロ野球ってやっぱストレス溜まるわ。健康に悪い。
うーん、ジャクソン…
なんでやー!
posted by saiyajin 23:49comments(0)|-|





妻が入院

妻が入院した。
溶連菌による扁桃炎である。
手術が必要なわけではないが、1日数回点滴が必要なので入院したというわけだ。熱は39℃付近をキープしているようなので、かなり辛いだろう。扁桃炎は私も経験があるので辛さはよくわかる。
この間、子供たちの保育園への送迎は、私の役目となり、必然的に残業は不可となった。
ということは、仕事が溜まっていくということだ。
まあ、子供たちと一緒に家に帰り、一緒に飯を食うのは嬉しいことでもある。
土日は保育士試験のリベンジ予定だったが、無理である。
まあ、勉強もサボっていたので、受かる見込みも薄かったが。
とにかく、早く退院お願いします。
posted by saiyajin 07:42comments(0)|-|





ドラクエ

昨年の8月からドラクエXをやっています。MMORPGとなったドラクエですが、FFよりは大分敷居が低く、一人でも短時間でも気軽にできるようになっているので、結構長続きしています。
プレイ時間は、トータル600時間くらいでしょうか。

メイン職業は武道家で現在LV73、一番低いのは、スーパースターでLV29です。



真ん中が私。
後ろにいるバケモノはアトラスといって、魔法の迷宮というダンジョンに出現するボスキャラです。
戦闘前の記念撮影のヒトコマです。
posted by saiyajin 09:50comments(0)|-|





久々です 3

父の葬儀は、兄が喪主となり7月18日に執り行われました。

兄は奈良県の大和郡山市で働いています。父の具合が悪いと聞き、帰省中でした。朝帰省し、その日の夕方に亡くなりました。亡くなった瞬間は、一緒に帰省していた義姉を一度奈良に帰すため、駅まで送っているところだったそうです。
もう数日は持つだろうと思っていたようですが間が悪かったみたいです。

火葬場のスイッチは去年に引き続き兄と押したのですが、例によってあっさりと号令がかかり心の準備が整わないうちに押すことになりました。実父だろうとぶれない兄の態度にはある意味感服しました。

骨拾いは、母、兄、義姉、私の四人で行きました。

父は水泳の選手だったせいか、骨太で、祖母のときとは対照的に、かなり形が残っていました。大腿骨、顎回りなど、ほぼそのままでした。数年前に肩にボルトを入れる手術をしていたのですが、それらしきボルトも確認できました。

一段落したあと、母、兄、私の三人でソースカツ丼を食べにいきました。この三人で外食するのはおそらく20年以上ぶりだと思います。思春期のころから長らくの間、兄とはあまり仲良くしてきませんでしたが、祖母や父が、また家族の仲を取り持ってくれたような気がします。



病院で太って亡くなった祖母と、自宅で痩せ細って亡くなった父。
どちらがよかったと比べても仕方ないですが、父はどちらかといえば幸せな逝き方だったように思います。

また「孝行をしたいときに親は無し」という言葉がありますが、自分が親になって思うことは、親孝行とは、子供たちが健康で幸せに暮らしていることだ、と感じるようになりました。

しかし、これは孝行らしいことをほとんどしてこなかった私の都合のよい解釈かもしれません。
posted by saiyajin 02:32comments(0)|-|





久々です 2

そして、今年7月16日ですが、今度は父が亡くなりました。

死因は肺がんです。

春頃から急に食欲が無くなったようで、みるみる痩せていたのですが、元々糖尿を患っており、その関係かと思って診療には行っていませんでした。

ほとんど食事を採らなくなってしまい、漸く診てもらったときには、時すでに遅し、末期の肺がんで、余命1ヶ月ということでした。

抗がん治療も意味がないということで、緩和治療だけ行うということになりました。
本人には、告知せず、肺炎と伝えていました。

しかし、何かを感じたのか、間もなく家に帰りたいと言うようになり、先生と相談の結果、在宅看護となりました。

家では母と二人暮らしなので、母は随分負担を強いられていたようですが、24時間、朝も夜もなく献身的に看護していました。

父が家に帰った当初は、アイスクリームやヨーグルトを口にする事もあったようですが、最後の一週間くらいは、小さな氷のかけらや、水を含ませた脱脂綿を口に含んでなんとか水分を取っているような状態でした。

最終的に体重は三十数キロ程度まで落ちたのではないかと思います。痩せ細り、まさに骨と皮だけとなっていました。



7月の初め頃は、つらそうではありましたが、まだ意識もはっきりしていて、短い時間であれば会話もできました。
妻からは、「話ができるうちに感謝の言葉を伝えておきなさい」と言われていました。

頻繁に見舞いには行っていたのですが、あらたまって感謝の気持ちを口にするのは、なかなか躊躇いがありました。
照れ臭いのと、いきなりこんなことを言うと死期を悟ってしまうのでは、という心配もありました。

「今日も言えなかった・・」なんて日が何日か続いたある日、「今日は言おう。明日には意識が無くなってしまうかもしれない。」とひとつの決意をし、父の元に向かいました。

適当な世間話、子供のことなどを話した後、「お父さん、今まで大きくしてもらって、ありがとうね。」と言ってみました。
父は「そんなことは、当たり前のことや。」と言ってニタッと笑ってくれました。帰りの車のなかでは、涙が止まりませんでした。

父はそれから一週間ほどで亡くなりました。享年73歳でした。

posted by saiyajin 01:48comments(0)|-|





久々ですが。

突然自分のブログを読みたくなり、読み返していました。歳を取ると記憶力が衰えます。日記とは、記憶の補完です。
かろうじてIDやパスワードを覚えていたので、久しぶりに更新してみます。

前回の更新から1年半以上経ちました。その間に、身内が二人亡くなりました。その事を書きます。

昨年の3月28日、祖母が逝去しました。享年88歳。
ずっと病院に入っていて、随分前からコミュニケーションはほとんど取れなくなっていました。
胃ろうと言って、お腹に穴を開けて胃に直接栄養を送り込む処置をしていたのですが、そのせいか、遺体はかなり浮腫んでふっくらしており、大分若返ったようにさえ見えました。
七年くらい前に脳出血で倒れて以来、一度も家に戻ることはありませんでした。
治療後、意識は一応戻りましたが、認知症が発症しており、私が誰なのか、もうわかっていない様子でした。
自分のなかでは、七年前、救急車で搬送されたとき、祖母は居なくなったも同然でした。

両親が共働きだった私は、おばあちゃん子でしたので、随分様子が変わってしまった祖母の姿を病院に見に行くのが気が進まず、お見舞いには、合計で10回程度しか行かなかったと思います。

それでも、息子が産まれたときには、車椅子に座った祖母に抱いてもらい、写真も取りました。
後から気づいたのですが、携帯カメラの設定が低解像度になっていて、鮮明な写真が撮れていなかったのは悔やまれますが、まあ、そんなもんでしょう。

火葬場のスイッチは、私と兄とで押しましたが、兄は結構あっさりと「はい、せーの」みたいな感じで間を置かずプッシュを促したので、躊躇ったり感慨に浸る暇はありませんでした。

骨拾いは、孫四人で行きました。
老人で、長年寝たきりだったため、骨密度も大分低下していたのでしょう。焼かれた後の姿は、ほとんど原型はなくなっていました。
posted by saiyajin 01:11comments(0)|-|





smartphone

携帯をスマホに変えました。
いやはやテクノロジーの進化は凄まじい。
こんな道具、藤子F不二雄先生でも想像できなかったんじゃないかと思います。
思わず、久し振りにブログを更新してみたくなるほどの興奮でござる。もちろんスマホからの更新でござる。専用アプリも用意されていて快適だ。

スマホのアイデアはスティーブジョブズなんでしょうか。天才的な発想ですが、それを実現してしまう技術力が凄い。
まあ、私のキャリアはドコモなので端末はAndroidですが。
しかし、こんな高性能な道具が機種変更たったの4800円だなんて、世の中どうなっているのやら。
ただ、バッテリーの持ちが悪いのが難点。
まあ、そのうち、振動発電とソーラー発電の併用とかで充電不要になる日も近いと思います。

とにかく、びっくりしたの巻でした。
posted by saiyajin 02:16comments(0)|-|





Everyday、カチューシャ

今日、昼食後、長男と室内プールの施設の横にある公園に遊びに行った。
昨日までは雨模様で、やや肌寒かったのが、今日はすっかり晴れ上がり、汗ばむような陽気だ。


プールからは有線放送のJ-POPが流れてくる。
なんだか韓流っぽい曲が終わって、次の曲のイントロが始まった。


ストリングスの切ないメロディーに「チャッチャカ、チャッチャカ」と馬の駆け音のようなリズムのパーカッションが乗り、そして重厚なオーケストラの演奏が始まった。


夏を感じる。

太陽が昨日より眩しく照りつけ始めたら
真っ白なTシャツに今すぐ着替えて君を誘いたい

散歩の足が止まる。

海沿いの(海沿いの)国道を(国道を)まだまだ空いてるバスに乗り
潮風を追いかけて誰よりも早く夏を探すんだ

(これはAKBの曲なのか?)
AKB48には特別興味がなく、今までのヒット曲も数曲のサビしか知らない。
しかし、直感的にAKBの新曲だとわかった。


ガールグループによるコーラスを生かしたいかにもアイドル的な曲調、Tシャツ、国道、などの80年代を思い起こさせるキーワードがおニャン子を髣髴とさせる。

サビにさしかかる

カチューシャ外しながら キミが不意に振り返って

早速携帯で「カチューシャ」で検索する。
『AKB48の新曲「Everyday、カチューシャ」がCD週間売上げ133万枚を突破し、歴代記録を塗り替えた』という記事が見つかった。

(ああ、なるほど。これがAKBか。)

切ないストリングスからの、夏が駆けてくるかのような足音、切なくも疾走感のあるメロディー、青春の甘酸っぱさ全開の歌詞。グッと来た。

帰宅してYoutubeでPVを視聴。
絶頂期のアイドルのみが持つ、神々しいまでの眩しさを放っている。
ちょうど10年ほど前のモーニング娘がこういう感じだった。


”AKBの曲だと知っていたが、聞いたらまあまあいい曲だった”というのと、”たまたま聞こえてきた曲に心を持っていかれ、それが偶然AKBだった”というのでは、心への刺さり方が違う。


この曲は、僕の夏のBGMのひとつになるかも知れない。

ちなみに「カチューシャ」というのは、髪飾りという意味であるが、日本以外では通用しない。
なんでも、昔ロシアのカチューシャという名前の人が、この形の髪飾りをつけていたのが由来であるそうだ。

posted by saiyajin 01:52comments(0)|-|





大震災

東北地方太平洋沖地震が発生してから2週間あまり。
3/26時点で、死者は10,489人、行方不明者は16,621人と発表されている。
これは阪神淡路大震災のときの4倍以上の数字だ。

震災当日の報道で見た、津波が町を飲み込んでいく光景は、何かCGを見ているようで現実感がなかったが、津波というものがいかに恐ろしく、絶望的なパワーを持っているのかを思い知らされる映像であった。

7年前の 福井豪雨の際、ものすごい勢いで川が流れ、氾濫寸前(一部氾濫)になっているのを目の当たりにしたが、あの水の圧力が町全体を襲ったのかと思うと、とてつもない事態だと想像できる。

復興できます、がんばりましょう、と言葉で言うのは簡単であるが、家や家族を失った被災者の方々が、どれ程の絶望と悲しみを背負っているかは、想像を絶するものであろう。

震災直後、連日の報道を見ていた頃、考えをめぐらせていると、最終的にはどうしても『自分は同じような災害に見舞われた際、家族を守ることが出来るのか』ということに行き着いてしまう。

2歳の長男、4ヶ月の長女をいかにして守ってやるか、そのためにはどうのような備えが必要か、思いはそこにたどり着く。

自宅は、海岸からは20Kmほど離れており津波の心配はいらないと思われるが、1Kmほどのところに大河川が流れており、氾濫しないとは限らない。もしくは地震により、近辺が火災に見舞われる可能性もある。

そういった不測の事態に備えて、迅速に適切な行動が取れるよう、常日頃から準備しておこうと強く思った。


ところで、昨日、ザックジャパンとJリーグ選抜によるチャリティーマッチが開催された。
その試合で、もはや日本サッカー界のレジェンドである、キングカズが千両役者振りを発揮し、見事なゴールとカズダンスを披露したが、あれこそが本物のスーパースターの姿であると確信した瞬間であった。

あのゴールはどれほどの価値があったのか、経済効果はどれくらいになるのかを、誰か試算して欲しい。

自分に出来ること、自分の仕事を精一杯やることが、被災地および日本全体の復興への最大の貢献なのだと教えられた気がした。

まことに微力ながら、私なりに出来る範囲で、義援金含め、支援をしていきたいと思う。
posted by saiyajin 16:11comments(0)|-|





BIRTH

たった今長女が産まれました。
陣痛が始まってから3時間程度。
長男のときの10分の1以下の時間で産まれました。

ひとまず、おめでとう。わが娘。
posted by saiyajin 23:52comments(0)|-|